先週の土曜日二女(現在高校1年生)の進路相談で担任の先生と面談をした。
先生が驚いていたのは娘のOutstandingな英語力だった。
面談の資料は民間の全国模試の数回にわたる結果を基にして行われた。
英語に関して言えば、娘の偏差値は毎回90近くになっていた。
担任の先生からはこのままいけば志望校は大丈夫ですと太鼓判を押された。
親として本当にほっとした。
これからの厳しい時代を鍛えた語学力+アルファで乗り越えてほしいと思う。
娘は全く塾など行っていない。
娘に勉強を強いたこともない。
一体何が原因でこんなに英語ができるようになったのだろうか?
彼女は一応帰国子女ではあるが(小学校3年生から5年生の間カリフォルニアで過ごす)、はじめて触れる英語で、日本の英語教育を最初に受けなかったことが決定的に良かったのだろうか?
その一番の原因について、当時の日記を振り返りながら書いてみたいと思う。
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はじめての海外生活で当時9歳だった娘はすっかり精神的に参っていた。
外交的な長女に比べると、シャイなところのある娘だけにどうこの日本と全く違うアメリカ生活に慣れてくれるかというのは我が家の課題だった。
とりあえず、学校を決めてくれる役所に行き、面接と簡単な筆記テストを受けたがなんせ英語は初めてなのでわかるはずもなく、うつむいたまま。。
とりあえず近くの学校を紹介してくれたので、2,3日通ってみた。
4日目の朝、娘はトイレから出てこない。
あわててノックすると大きな声で泣き叫びながら
もう学校なんか行かない。 おじいちゃんとおばあちゃんのところでいいからもう日本に帰る。もう行きたくない!!!」
と言ったときは愕然とした。
気持ちもよくわかった。
一緒に泣きそうになるのをこらえながら、優しくなだめようやくトイレから出てきてくれたのがつい昨日のようである。
娘のクラスの先生に話を聞くと娘は一言も話さず、一人で孤立しているという。
数名日系アメリカ人のクラスメイトが助けようとしてくれるが、娘は文化の違いもあってかその子たちともなじんでいないようだった。
ふくれっつらと泣き顔の娘を見るのは忍びなかった。
ある日先生が「小学校4,5年で、英語が全くはじめての子供達を集めたブリッジプログラムというのに入ったらどうか」と薦めてくれた。
そこには素晴らしい教師と評判のコンウェイ先生がいるから、というのだ。
私たちは喜んでそのブリッジプログラムに娘を参加させた。
コンウェイ先生は一言で言うと「かぎりない愛を生徒に注ぎ込む人」だった。
もう見た瞬間に人をリラックスさせる優しい雰囲気に満ちていた。
まるでみんなの「おかあさん」のような。。コンウェイ先生のクラスは多国籍で総勢20名前後である。
一番多いのがメキシコで、他は中国、韓国、インド、ロシア、日本など。
幸いクラスには他2名の同じような環境の日本人の生徒がいた。
私はコンウェイ先生を見た瞬間に安心した。
そしてクラスルームも暖かい絵画(コンウェイ先生のご主人はモネのような画風の画家)が飾ってあり、ほのぼのする多国籍グッズで満ち溢れ(両親からの感謝をこめたプレゼントが主)私も心からリラックスできた。
娘もようやく自分の居場所を見つけたようだった。 次の日もその次の日も娘ははりきって登校するようになった。
明らかに表情が違う。 そして意欲が違う。
コンウェイ先生はどんな魔法を使って、あんなに泣いてばかりいた娘の心を開いたのだろう??
私は娘の変わりように驚いて、学校にコンウェイ先生のボランティアとして足しげく通うようになった。
他の日本から来た駐在の奥様たちと協力しあって、国際クラスの子供達の算数のレッスンのお手伝いをすることにしたのだ。
そんなときコンウェイ先生がどのように子供たちと接しているかをじかに観察することができた。
コンウェイ先生は子供達ひとりひとりの個性をよく見ていて、何かを無理強いすることは決してなかった。
コンウェイ先生は紙芝居のように大きい紙に美しく描かれた絵や写真をふんだんにつかって子供達が見て、感じとれるように工夫していた。
読み聞かせのときなどはその「紙芝居」の場所に子供達は思い思いにリラックスして床に座っていた。
コンウェイ先生は一度も「その答えは違う」と言ったことはなかった。
「そういう見方もあるわね。クリエイティブな答えをありがとう。」と言っていたのだ。
そして自分のポケットマネーから買い集めたというたくさんの良書を子供達のレベルに応じて貸し出してくれ、音読を毎日させるようにとのことで、親は子供達が読むのを確認してサインしてコンウェイ先生に提出した。
娘が持って帰ってくる本は色とりどりの絵や驚くような写真がたくさんでとても楽しんで読めるものばかりだった。
読みのチェックを先生がして、レベルが上がればまた新しいさらにおもしろい読み物を渡される。
それを繰り返していくうちに娘の英語力はめきめき上達していった。
そして1年後のブリッジプログラムを卒業後は現地のアメリカ人にもレベルが高いと評判の小学校に転校でき、卒業式には「もっともよく成績が伸びた生徒に贈られる賞」を獲得したのである。
全く英語がわからなかった9歳の娘がアメリカ滞在2年半のうちにどれだけ英語力を伸ばしたかは私が一番よく知っている。
まさにコンウェイ先生の愛に満ちた親切な指導のおかげだった。
コンウェイ先生は50歳くらいだと思う。
専攻はフランス語でパリに留学していた。
スペイン語も堪能。
私は人間的にもコンウェイ先生が大好きでよくコンウェイ先生の家に遊びに行ったりした。
コンウェイ先生の教える夜間のアダルトスクールにも毎週月、水、金(午後7PMから9PM)と通い続けた。
コンウェイメソッドを学びたいと思ったからだ。
知れば知るほどこんなにいい先生がこの世に存在するのかと感動したものだ。
英語を学ぶ楽しさを教えてくれたコンウェイ先生に心から敬意を払いたいと思う。
コンウェイ先生は今も世界中から来る移民や各国の駐在家族のために、英語を教え続けている。
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